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約束 1


 グレーだと思うはっきりしない色の机には、普通のデスクワークでは決してつかない窪みや
キズがたくさんあった。
 大きくえぐれた穴。切ったような鋭い線。ひとつ、ふたつ、みっつ。
 意味なんてないけど、何度も数えてしまう。

「倉橋さん、倉橋さん」

 呼ばれた気がして顔を上げると、刑事さんが眉をあげて困った顔をしていた。
 長い間うつむいていたらしく、首筋がかなり痛む。

「すいません」

 自分でも微かに聞こえる程度の声しか出せなかった。もう一度言おうと唾を
飲み込んだところで、机の上にそれがあることに気が付く。
 透明なビニール袋の中に、見覚えのあるサバイバルナイフが入っていた。
 柄の装飾に染み込んだ血が、まだ赤かった。

「倉橋さんがこのナイフを購入しているところを、店の防犯カメラがとらえていました。
 これはあなたが購入した。間違い無いですね」

 ナイフから目が離せなかった。刑事さんとはそれほど歳は離れていないはずだが
その声には威圧感があった。見なくても、偽りを許さない真剣な顔をしていると分かる。
 慎重に口を動かして、答えた。

「はい、買いました」
「なぜナイフを購入されたのですか」

 とっさに頭を抱えた。なぜナイフを買ったのか?
 必要だから買ったのに、問われてその答えが分からなくなる。
 ただ、確かにそのナイフは尊い命を吸い取った。
 呼吸が早くなっていく。これまでのことが瞬時に、断片的に頭に映し出される。

 笑い合う俺たち。困っているあいつら。そして、先生。

 混乱する頭で、必死に考えを巡らせた。なにを話せばいいのだろう。
 どこからが現実で、どこまでが夢だったのか。もう分からない。

 暗くなる気持ちを払うように天を仰いで、大きく息を吸う。湿った重い空気が入ってくる。
 ゆっくりと首を振るようにして辺りを何度か見渡した。
 取調室だというこの部屋は、必要なものしかない殺風景な所ではなかった。
 折りたたまれた長い机。パイプ椅子。色褪せたカラーコーン。外を見るためではない
細長い窓。言われなければ物置き部屋としか思えない。
 入った時には気が付かなかったが、そういえばこの部屋は以前どこかで見たような
懐かしい感じがする。
 今は関係ないだろ、と思いつつも気になって頭から離れない。
 考えることを諦めて、ぐっと目を閉じて記憶を探っていく。
 どうでもいいことから、真実に近づくことだってあるかもしれない。

「そうだ」
「どうしました」

 頬杖をついていた刑事さんが、顔を持ち上げた。

「復讐です」
「ふくしゅう?」

 真っ直ぐに見据えて答えた。刑事さんの眉がまたあがる。
 そうだった。俺たちは復讐していた。あの部屋から始まった、幸せな復讐。

sage
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