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約束 2


 ようやく三年生になったというのに、進学する高校や将来のことを考えろと誰彼なしに
言われてうんざりした。
 夢や目標と言われても、サラリーマンになって結婚して、子供を育てて老後を無様に
過ごすことが当たり前なわけで、それ以上の何が必要なのか。
 お金持ちとか有名になるとか、そういう欲張ったものはいらないから普通になりたいと
本気で思った。
 勉強して良い学校を出て良い仕事に就いたって、楽しくなかったら意味がない。
 裕福でなくても一生にわたって付き合える仲間がいたほうが、楽しいに決まっている。

 俺には集まってバカやって笑い合える、そんな仲間がいた。
 騒ぎすぎて迷惑をかけたり怒られることもあったけど、結局は楽しんだ奴が勝ちだと
知っている。
 夏を前にして暑くなり始めたこの頃も、仲間たちとバカをやっていた。

 三回目のチャイムが鳴って、深くため息をついた。将来のことと暑さで重たくなった頭を
支えきれずに、どすんと音をたてて机に置く。木材とニスの匂いが鼻を包んだ。

「いーす」

 休み時間になって辺りが騒がしくなると、呼んでもいないのに別のクラスからテツオが
やってきた。ワイシャツの白い袖を雑にまくり、筋肉で盛り上がった太い腕を見せている。
 つられて同じクラスのタクヤが、にやけ面でこちらに近づいてくる。

「あちーから寄ってくんなよ」

 机にあごを乗せたまま、だるく言う。
 珍しくテツオのほうから来たから、本当は嬉しかったりする。

「テッチャン、高校どうする?俺はねー」

 今、最も話したくない話題をタクヤが始めようとする。声の方向に拳を投げると
腹にうまく当たったらしく、タクヤのおしゃべりが止まった。

「トオルはどうすんだよ」
「はぁ?」

 お前までその話すんのかよ、という意味を込めた。
 テツオは学力テストで最下位になるくらい勉強が出来ない。
 一年の時に答案用紙に名前すら書かずに白紙のまま提出し、次の試験からどの教科も
必ず三問は選択問題を設問させるという偉業を成し遂げている。
 高校に進学できるか危ういテツオにとっても、面白くない話のはずだ。

「まあまあ、聞け。トオルはS高行くだろ?」

 S高は平均的な学力で合格可能な高校で、俺にとっては学力的にも地理的にも丁度よく
最も有力な進学先候補になると思っていた所だ。
 だが、どの高校に行くかなんて誰にも話していない。なんだか恥ずかしい気がして
聞かれてもはぐらかすつもりだった。
 学力だけを見れば他にも候補になりそうな高校があるのに、なぜ分かった。
 それとなくテツオに視線を向けて、言葉の先を促した。

「制服かわいいし、いいよな」

 そういうことかと思って力が抜けた。テツオの言う通り、S高の制服のかわいさは
女子はもちろん、見る側として男子にも人気がある。
 それに制服補正を抜きにしても、かわいい女の子が多く、彼女がS高っていうだけで
羨ましがられることは間違いない。
 テツオの女好きは異常。俺だって好きだが、体育の授業終わりにブラのホックを
外しまわって学校に親を呼ばれるほどではない。
 そんなことをしておきながら、テツオはかなりモテることがムカつく。

「かわいい子いても紹介しねーよ、お前は男子校で頑張れ」

 質問には否定も肯定もせず、攻撃する。
 テツオくらいのバカが行ける高校は、この辺りじゃ男子校のK高だけだ。

「マジで男子校ってそういうのあるのかなあ」

 一発くらい殴られることを覚悟して言ったのに、テツオは不安な顔をしていた。
 笑いが込み上げた。

「夏休みにさ、好きな高校へ見学に行けるんだって。
 だからみんなでY高行こうよ、トオル抜きで」

 腹をさすりながらタクヤが言う。こいつはいちいち気に障ることを言ってくる。
 小学校の時はいつも俺の後ろをくっついてくるような奴だったのに、中学に入ってから
テツオと一緒の時だけ威勢を張り散らかす。

「なんでY高? 丘の上にあるし、女子は不細工だし、それにタクヤじゃ無理無理」
「俺は行くぞ」

 いつの間にかクズがいた。いつも突然現れる奴。幼稚園からの付き合いだが、たいてい
無表情で何を考えているか分からない不思議な奴。でも、誰よりもすごい奴。
 クズは毎日のように俺たちと一緒に遊んでいるのに、なぜか学力テストでは毎回上位に
くい込む。Y高は進学校でかなりの難関だが、クズなら問題無く合格出来る。

「クズはなんで学ラン着てんの?」

 そう言って俺はクズを睨んだ。
 ほとんどの奴がワイシャツで過ごしているというのに、クズは学ランをボタンまで
しっかりと留めていた。涼しい顔をしているが、見てると暑苦しい。

「うん」

 答えにならない反応が返ってくる。当然、脱ごうとはしない。慣れているとはいえ
あまりいいものではない。軽くひっぱたきたくなる衝動に駆られるが、そんなことをしたら
後が怖い。

「見学って日がダブらなければ、何校でも行っていいんだろ?」

 テツオが話を戻して、タクヤに向かって問いかける。
 ずっと笑ってるタクヤの顔が更に明るくなって、そうそう、と何度も頷いた。
 飼い主にエサをもらった犬みたいだ。

「いや、やっぱどこも行かねぇ。暑いし面倒」

 本当に面倒くさくなって、この話題を終わらせる。
 このままだと、大切な夏休みを行きもしない高校の見学なんかで潰されそうだ。
 無理やり別の話を持ち出そうとするが、テツオに先制された。

「じゃあ、間とってS高行こうぜ。お前らちゃんと見学希望だしとけよ」

 どこが間なのか分からないが、テツオはそう言って自分のクラスへ戻っていった。
 残された俺たちは顔を見合わせて、バカのくせにと小さく笑った。

sage
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